投資哲学系レポート
一般投資家の大多数の方がカンや希望的観測で投資活動を行っている。
自分だけは大丈夫と根拠のない理由、希望だけで株を買い、保有しつづけるのである。この考えで借金をしてでも相場を張れば最後に残るのは骸だけである。
投資家は、三つのMを身につけなければ、市場から退出させられる。三つのMとはIM、MM、SMである。
1.IM:インフォーメーションマネジメント
2.MM:マネーマネジメント
3.SM:セルフマネジメント
(もちろんあのことではないが、痛いことを平気でしなければいけない意味合いを含んでいるのは確かである)
インフォーメーションマネジメント(通称IM)とは。情報収集したり情報を管理したり分析したりすることである。
今は、情報インフラが整い、誰でも簡単に情報を手に入れることが出来るようになった。(手に入れてない方は問題外ではあるが)
しかし、情報は知ったら仕舞い(終い)であり、陳腐化してしまう。いくらリアルタイムで情報を得ても昔ほど優位性は高くない。(取引に大切なのはいかに優位性を持てるかである。)昔は、今から見れば情報遅れのような類のものであっても情報を得た優勢性があった。例えるなら、偏差値のようなものである。高得点をとっても平均点が高ければ偏差値は低くなるが、平均点が低ければ得点が低くても偏差値は高い。
では、どのようにしてIMを高めるか。一言で言うなら勉強しろ!である(笑)一言ではなく簡単になにをすべきかと言うと、リアルタイムで情報を入手できる端末を持つこと。情報を無駄なく管理することが出来ること。入手した情報を理論的に再構築出来ること。そして、分析して綜合させること。
言葉で言うのは簡単ではあるが、とてもこれらのことを実践的に活かせる人はなかなかいない。時間的な制約など多々障害があるからだ。
だが、情報を入手することに関しては他人からの情報提供であってもかまわない。要は、自分でその情報をどのように判断するか、なのである。限られた情報でいかに優れた優位性を築くかがインフォメーションマネジメントの本義である。そして、投資においてはもっと他に大切なことがあるのである。
それは、IMを経て実際に投資家の方が株式などに投資した後の、マネーマネジメントである。(通称:MM)
マネーマネジメントとは、資金管理である。例えば、借金をしてまで株式を買うなどは完全にマネーマネジメントが破綻していると言える。
一気に勝負を賭けるような資金の使い方などはせず慎重に建てていく。もし、一発で常に資金のすべてを売買するようなやり方をし続けていけば、流れが良いときは、面白いように資金が増えるかもしれないが、失敗すれば取り返しのつかない事態に陥ってしまうであろう。
資金とは大切な将兵であると捕らえるべきである。一度失ってしまった優秀な将兵はもう二度と戻ってこない。戦う前の戦力まで復活させようと思えば、とてつもない時間と労力を生じさせてしまう。
例えば、100万円の資金からー10%でロスカット(損きり)すれば、次は11%の利益を上げれば最初の投資金額に戻る。しかし−50%で投げれば、現存している資金の倍の利益を上げなければ、元にさえ戻すことができないのである。マネーマネジメントとは、とどのつまり破産せず、相場で生き残る術なのである。生き残りさえすれば、いつかは好機が訪れるかもしれない。また投資家とは好機が訪れるまで、機を待ってこそ真の投資家といえる。マネーマネジメントがしっかりしてれいば情報で遅れを取っていても十分に市場で勝つことは出来る。
しかし、インフォメーションマネジメント、マネーマネジメントがどんなに優れていても最後のセルフマネジメント(通称:SM)を身に付けていなければすべてが水泡に帰してしまう。セルフマネジメントは、最も大切なものであり、かつ最高に会得が難しいものなのである。成功した先人達に浮かび上がってくる共通項は“規律”なのである。「なんだ、規則を守ってその通りにやればいいのか、そんなの簡単だ」と思うかもしれない。しかし、規律程難しいものはない。それは自分との戦いだからである。常に市場環境は変化し、昨日のやり方でさえ通用しなくなることもある。そして人間は自分が思っているよりも弱い生き物であり、油断することもある。長い月日を過ごす中で、小さな油断から信じられないような大きな過ちを犯してしまうことさえあるのである。また市場では様々な信じられない突発的なこともよく起こる。その様な状況下にセルフマネジメントが問われるのである。つまり、大きな損失を出した時に、どう対処するか、自分のせいにしてそこから教訓を学ぼうとするのか、あるいは責任を他人へ転嫁するのかである。残念ながら、責任を他人へ転嫁する者は市場から退出させられざるをえない。
自らの精神をコントロールし続けた者・規律を守りつづけた者だけが市場で勝ちつづけることが出来るのである。そして、セルフマネジメントを会得できてはじめて3つのMを身に付け機を捉えることが出来るのである。では、どのようにしてセルフマネジメントを身に付けるか。それは、哲学を身に付けることなのである。どのようにし哲学をみにつけるか。それは偉大なる先人達から学べばいいのである。例え、偉大なる先人と同じようなことは出来なくても、近づくことは出来る。
相場で勝ちつづける者は、必ずと言っていいほどそれまでに大きな失敗を経験しているものである。しかし彼が敗者であり続けない理由は、その失敗から己のことを知り、相場から多くのことを学び、また、その課程で次の戦いに勝利する為、何らかしらの哲学を身に付けるからである。
相場とは心と心がぶつかり合う場所である。人と人が相対する場であるから相場である。
心を冷静に保つための何かしらの方法を身に付けなければ相場には勝てない。
最後に孫子の言葉を借用してレポートを締めくくりたい
彼を知りて己を知れば百戦して殆うからず
(敵を知って己のことも知っていれば百度戦ってもまったく危ないところはない。)
以上
成功が続くと、夢物語の妄想を抱く癖がある。この癖は成功をし続けることによって、自分自身に対する過大な評価、ありもしない課題な利益、ありもしないその後の将来設計などを考えてしまう。それは、つまり、タラレバである。タラレバそれは、投機家としてもっとも戒める概念である。その概念を頭の中に持ってしまっては何もかもが崩壊してしまう。自分勝手に相場を都合よく予測するようになり、まったく無理なんだいな動きを想像するようになる。まったくのリスク管理の欠如である。
そして、相場を甘くみてしまう。相場はそんなに自分自身だけには優しくはないということを、普段は肝に銘じていたのに。自分は相場の神だと勘違いする。なにもかもがうまくいくと勘違いする。そして、その勘違いは相場にしっぺ返しを喰らわらされるまで気づかない。気づいたときにはもう手遅れだ。
油断大敵、リスク管理を緩めるな、調子の悪い時もあれば調子の良いときもある。ただそれだけなのである。相場の神でもなく、ただ単に市場の動きに沿った動きをしていただけなのだ。間違っても自分は相場のすべてを知り尽くしたなどと勘違いしてはいけないのだ。そのような傲慢な輩は、常に市場から退出させられるのだ。
退出させられて初めてわかるだろう。自分は甘かったと。甘かったとさえわからない者は、自分自身のせいにはせず誰かのせいにするだろう。私が悪かったんじゃない、あいつがあんなことを言ったから失敗したんだ、私の能力は高かった。あくまで自分自身を否定しない。その様な人間は、どこに行っても成功することはないだろう。失敗から学ぶことを知らないものに成功はない。
なぜ失敗したか。それを深く考え、自分自身の過ちを悟ことが出来る者だけが、大金を手にすることが出来る。だから、相場の世界では、二三度死ぬような目にあわなければ勝つことは出来ない、と言われている。まさしくその通りだと思う。成功しかしらない人間はいつか大失敗するだろう。なぜなら、失敗した時の対処法を知らないからだ。
だが、一度の失敗で人生を棒に振ってしまうかもしれない。だから私は強く思う。大失敗する前に、懸命な勉強と入念な情報収集と常に油断しないことを。
売り専門部屋 注)この文章は多々不適切な表現が含まれている為、訴訟などは起こさないことを同意された上でお読みください。
売りとは!!と含蓄をたれさせてもらう前に皆様に相場とは山あり谷ありと必ず、波があることを再確認して頂きたい。
強い上げが訪れれば、甘い食べ物に群がる蟻のように人は強気で買いあがっていくが、永遠に上がり続ける株など存在せず、必ず天井は訪れ、下降局面を迎えるのである。人は上げ渋ればそこが天井だと思い弱気になり売り初める。時には序序に、時には一気に冷水をかけられたかのように下げていくのである。そこからが、売り屋の出番だと言ってもよい。
私の知り合いに「信用売りをするというのは例えるならば、死にそうになって苦しんでいる人を安楽死させることである」と言った人がいる。つまり、損をだしてそのまま放っておいても死んでいく人を、徐々に下げてゆくというような長い苦しみを味あわせないよう、ご丁寧にも駄目押しで優しく殺してあげるという意味なのである。
一般に、売り方の方が買い方より有利であるといわれるのは、上のような理由からなのである。ただ、死にそうな人へ寄り添ってあげればいいのだから。
人は必ず死ぬ。相場も人の作り出すものであるからまた同じである。栄枯盛衰は必ず訪れる。つまり、無常なのである。美辞麗句を並べる時期があっても、必ず、卑語罵倒する時期が訪れるのである(光通信を見よ!!)。だから、買い方に甘んじるのも一つの手であろうが、かわいい我が子の為に、財産を残してやりたいなら、買いと同時に売りもこなすようにならなければ、時間がかかると言わざるをえない。
ここまで読み進めてきてもまだ売り方に懐疑的な人も多いであろう。それは無知から来るものであるということをはっきりと認識して欲しい。無知は、必ず市場の敗北者となることを肝に銘じて欲しい。市場にかかわってお金を少数の知識所有者へ多くの無知な素人がお金を貢いでいる・・・この事実について私へ私の友人S氏は生生と私信を語った。その言葉を借りて、話を続けていきたい。しかし、株式市場に夢をつかみに来た努力しない夢追い人を地獄に突き落としてやる、そんな覚悟を持って頂かなければ、不快に感じるであろうことを先に伝えておく。
S氏は「売り・・・それは、宇宙の神秘である。」と唐突に私に語ったのである。私が怪訝な顔をしていると、私を見て悪戯そうな笑みを浮かべて続けた「多くの素人は、いつも、あれを買えとか、これをほしいとか、自分の買っているものを他の人が買わないのを見て、何故買わないのか、と言う。そしてしかも、売り込まれたら、何故こんな優良株を売るのかと泣き叫ぶ。」
私もそのような光景を沢山見てきた。ネットに繋げば、YAHOOの掲示板を何かの銘柄で見てもすぐに発見することができる。それからS氏が何を私に言いたいのか、次の言葉を待った。「いいかげん、気づかないものかな。彼らがわしらのカモだってことに。しかも、ねぎをしょっている(笑)。そう、市場には必ずカモがいる。プロが失敗してカモられたのとは、また訳が違う正真正銘のカモ・・・。そう、素人さんだ。だが、彼らのおかげでわしらは稼がしてもらえる。だから、祈る、いい夢みろよ、あの世で。」S氏は売りと買いを上手にこなしている。稼いでいる額は明かさないが、相当のものであろうことを彼と長い付き合いの私は容易に想像できる。
彼は更に続けた「多くの素人さんは、信用は怖いという迷信を信じている。しかし、何が怖いのか?と質問してみれば、答えられる人はかなり少ない。信用が怖くなるのは、レバレッジをきかせはじめた時で、効かせない限りでは、役に立つ道具が増えると喜ぶべきであるのに。そんな簡単なことさえ知らないから、素人さんは株が下がったと大騒ぎし、損切りできず塩漬け銘柄を増やしていく。売る頃には、多大な損をかかえている。売り方を担うプロは、その頃、大笑いしているのを知らないのだろうか。言うなれば、売り方は死の宣告者だ。崖に立ち、死ぬべきか、生きるべきか悩む人に近寄り、ニコッと笑いかけて、そっと背中をおしてあげるのだ。そうしたら、もう彼はもう悩まず死ぬことが出来るのだから。これだけで、わしらは儲けられる。こんな簡単なことで儲けられるから、売り方はやめられない」S氏はそこで、言葉を切った。その時の彼のニヤリとした不気味な笑顔を私は未だに忘れられない。
以上のことわかりやすく要約すると以下のようになる。
売りの基本とは、
@ 行き過ぎた株価の急騰は、必ず調整局面を迎える。(株価は常に波動を形成する)
A 買い続けられた株は、いつかは買いと売りのバランスが崩れ、売りつづけられる局面を迎える。
B 買い支えがないと、株価は常に落ちる運命にある。常に資金が入ってこなければ、後は買った人の売りが出るのみ。資金が逃げた銘柄を狙うべし。
C 売りは金利をもらえる(注:逆日歩に注意)
D カモをかもること。(死人に寄り添ってちょっと押してあげる)
E 踏み上げられないこと(注:よほどの流動性がない株以外では世間で言われている程危険ではない。)
F テクニカルの勉強をすること。冷静な分析をすること。
G パンピーにならないこと。
H ロスカットは守ること(すべての取引の基本中の基本)。
I 原則・規律を守ること(すべての取引の基本中の基本)。
以上、基本10か条は基本であるので、次回からは具体的な売りしかけについて書いていく。
以上
テクニカル分析や市場の価格の動向にあわせて投資戦略を整合させていく。
現在の、日本市場を取り巻く環境下では昔のようにただ、単に長期投資をすれば儲かるという状況ではなくなってしまった。経済の右肩上がりを示していた、名目GDPなどあきらかに、マイナスの方向へとトレンドを転換させてきた。
人口の増加と共に売上は増加していった。しかし、もはや人口の増加は止まり日本の人口のピークは2007年頃と言われている。アメリカでも今まで景気が良かったのは、投資をする働き盛りの人口が一番多かったという側面も持っていた。つまり、常に買いの資金が市場を支えていた(アメリカの場合はもっと日本とは構造的に違う側面もある)。
市場は、常に買いの資金が入ってこないと今まで買いを入れてきた人の売りで一気に崩壊してしまう性質を持っている。だからこそ右肩上がりで上げてきた相場が一気に急落しその後、株式市場の好況を担保に経済活動を活発に行ってきた企業や個人に一気に今までのつけが回ってくる。そして、資産デフレが起きる状況が始まり、不況のサイクル=悪のハイパーサイクルがはじまる。
今までは、財務内容が良い会社を買えさえすればよかった。ファンダメンタル分析によって選ばれた企業を長く持ってさえいれば結局は買値よりも上がってくれた、ナンピンをすれば。
しかし、ある程度の資産家の方ならまだしも一般的な人にはナンピンをし続けるということは出来ない。ナンピンをする資金がなくなれば結局は評価損が膨らむだけである。ましてや、今は経済が右肩上がりで成長しつづけるという古き良き時代ではなくなった。ナンピンした株はより一層下がりつづけるだろう。最悪の場合、倒産して紙切れになってしまうかもしれない。
しかも、そのナンピンを証券マンなどの勧めに従い信用取引でしようものなら、あなたの人生は終止符をうつ憂き目に会うかもしれない。間違った信用取引の仕方を大抵の方はされている。持ち株を担保にレバレッジの限界まで買われる。30%以上下がれば足が出かけない状態になる(評価損で担保をまるまる失うこと=預けた資産が0になること)。
予測する力をつけなさいと言うだけなら簡単に言える。しかし、実際には完璧に予測できる力など誰しもが簡単に出来るわけではない。もし、出来ればその人はもしかしたら地球の支配者になれるかもしれない。それくらいすごいことなのだ。だが、実際はそんなことは出来ない。市場で勝ちつづけている人も完璧に予測をしているわけではない。あくまで、市場の環境を鑑み、ある程度どのような動きになるかを色々と想定しておく。そして実際に市場が動いた方向についていくだけである。これが、市場で勝ちつづけている人たちの生き抜きやり方なのである。
しかし、勘違いしないでください。なんだ、そんな簡単なことなら私だって出来ると思われるかもしれない。そんな生半端なことではないのです。この市場がどのように動くかを想定し実際に動いた方向についていく。これを理解することにどれだけの勉強と経験を必要とするか。市場の気まぐれな動きにどう対処するか。絶対こうなると確信してもまったく違う動きをするようなことなどざらにある。こんなこともわからずに相場を張っていたのかと嘆くこともある。市場に絶対はないことを身に染みて実感したときようやくわかる。完璧な予測だと信念を持ちつづけて損を垂れ流しにすることなど間違いだと。そして、気づくでしょう。予測を完璧にしなくても良いということを。逆に完璧な予測をしようものなら破滅への道をかけ落ちるということを。
市場とは不確実なものである。その前提を肯定しなければ市場から退出させられてしまう。不確実だからこそ、どのような動きをするかを予測する。その予測の道具にテクニカル分析を使う。どんなにファンダメンタルが好調だと予測されていても、あくまで予測である。ファンダメンタルがいくら買いだとしてもテクニカルは売りだと示すことはよくある。そして短期的にはテクニカルの動き通りな動きをする。また、中長期的にどうなるかは会社の業績がファンダメンタル分析の予測通りにことが運べばファンダメンタル分析の通りな株価評価になるかもしれない。しかし、それでも市場全体の環境で違ってきたりもする。
結局、市場は人の意思の総意である。買いが買いを呼ぶときもあれば売りが売りを誘う大暴落もある。人と人が相対しあい価格を決定させていく。(その動きを予測するのがテクニカル分析・市場動向の動きにあわせていく市場整合分析。)
また、価格形成には重大な早い者勝ちの要素がある。ファンダメンタルに重大な変化が起きたことをいち早く掴んだ者、知っている者(内部関係者)などは、密かにまた迅速に買いを入れてくる。下降トレンドだと思われた株にである。
しかし、テクニカル分析はこの動きをいち早く知ることが出来る。出来高の増加や5%ルールの公表、トレンドが変ってきたなどや、手口からである。また、株価の動きから市場は今回の業績は悪いか良いかを決算発表前に教えてくれる。何故なら実際の決算の動きを予測するもの、実際に決算内容を知っている者たちによって株価は事前に形成されるからである。違ってくる場合もある、その場合はサプライズが起きたと表現される。だが、サプライズは驚くべきことなのだから、めったに起きるものではない。めったに起きることなら別に驚きはしないからである。
また、その後決算が発表された後、材料出尽くしで買いや売りなどで今までの動きの逆を行く現象が起きてくる。これは、今まで買いだと思って買いを入れてきた人が、決算が発表された時にあらかじめ売ろうと考えていたからである。あくまで好決算が出るから買いだと踏んで買っていたのである。実際に好決算が出たのだから買いを売却しなければせっかくの利益が飛んでしまう。だから、売る。つまり売り抜けるといわれる類のことをするのである。簡単に言うとポジションの問題である。(ポジションの問題についての詳細レポートを後日書きます。)
実際に予測したと通りに市場が動いた思い、その動きについていってもちゃぶついたり、予想外の展開になったりもする。その時にどう動くべきかを知識と経験でもってしか判断できない。人は困難に遭遇したとき、思考が固まってしまう。だが、知識と知識に裏付けされた経験がその危機からどう対処すればよいかを導いてくれる。だから勘違いしないでほしい。一朝一夕に身につくものではないということを。何べんも困難を乗り越えて、その困難をどのように乗り越えてきたかによって初めてどのようにすればよいかを身に付けるのである。
また、テクニカル分析はあくまで、マネーマネジメント(資金管理)・実際の相場での仕掛け方に利用する最大にして最高のツールなのである。
テクニカル分析は、当たることもあればはずれることもある。相場とは不確実性という大前提があるからである。断っておくがテクニカル分析は占いではない。当たるとかはずれるかが問題ではなく、どのように株価が動くかを(上がるか下がるかそのままか)予測した上で売買戦略を建てるのである。
逆にいうとどんなに分析力が優れていたとしても、売買戦略が優れていなければ何も意味をなさないのである。
だが、積極的に運用しようと思うならファンダメンタル分析よりもテクニカル分析のほうが優れている。ファンダメンタル分析は、業績予測に対して割安割高を示すが、いつその適正株価になるかを教えてくれはなしない。そのいつの日か適正株価になると予測した上で割安な価格だと信じた価格で株価を買っていく。
しかし、テクニカル分析ならばいつ株価が動き出すかを予測することが出来る。(ファンダメンタルの予測とテクニカル分析を組み合わせて、業績が評価に対して割安な株に狙いをつけて、テクニカルで買いシグナルが出れば買うというファンダテクニカル分析というやりかたもある。)
日本ではテクニカル分析はまだ、社会権をとっておらずテクニカル分析だけで法人の資金を運用する説明にはなかなかなりえない。しかし、優秀なファンドマネージャーは投資をする会社の良い面悪い面を常に把握しており、テクニカルで買いのときは良い面を理由に買いの説明をし、テクニカルで売りのときは悪い面を理由に売った理由を言うのである。
よくたいそうな理論のファンダメンタル分析(業績分析)の論評などを目にするかと思いますが、市場が上がらない時は大はずれな予測になってしまうことをよく見かけたりすると思います。ファンダメンタル分析は、半年後や数年後の予測をしているためその間に色々な不確実な予想もしなかった出来事がいくらでも出てきます。長期の予測は当たらないものなのです。チンパンジーが選ぼうと、ダーツで選ぼうと、アナリストが選ぼうと当たらないのです。
しかし、短期的な予測はある程度の予測は可能なのです。複雑系理論でも長期の予測は無理だが、短期的な予測ならある程度の予測は可能であるということがいえるようになってきた。その短期的な予測の道具にテクニカル分析を使うのだ。そして、常に資金管理との売買戦略との兼ね合いの中で資産をどのように増やし守っていくかを常に思案していけばいいのです。
では、次回からは具体的なテクニカル分析を使いどのように売買戦略を建てていくかを説明させていただきます。
ギャンブルと相場には非常に似通ったところがある。投資とギャンブルは違うと思われることを承知で様々なマネーマネジメントを紹介していきます。また、相場と付き合っていくうえで、非常に重要な示唆を投資家に発信しているばかりではなく、勝率100%などのまがいものではないということを理解しておいてください。
つまり、前述べた繰り返しになりますが、ギャンブルも相場も必勝法とは「セルフマネジメント」(自己管理)であるということに他ならないのです。
(サブタイトル:なんのために投資をしようと考え、何故苦しむようになったか。)
自己紹介文:投資顧問助言者・分析者 岡野 圭護
※特に積極的に資産運用をされる方へ
何故、人は投資をするのか。それは、よりよい生活をする為、あるいは、明日を生きるためにお金を儲けようとするからであろう。だが、同様の目的の為に今まで人は地道に毎日眠い中、どんなに熱かろうと寒かろうと血汗をかいて資産を貯めてきた。その自分の血や肉とも言うべき大切な資産を株や投資信託へ投資し運用しようとする。だが、そのなけなしの資産をちょっとした油断の為に失うことがあるし、また、倍増させることが出来たとしても、有頂天になってリスク管理に甘くなればすべてを失うことにもなる。上記のようなことはプロと呼ばれる人はもとより、私達から見ても信じられないようなことである。しかし現実に私の周りでも、ネットバブルの流れに乗って数億を稼いだ人がいたが、バブルがはじけて追い証に追い詰められた人がいた。今では、彼とは音信不通になってしまった。市場は自然淘汰の世界であり、あなただけに甘い汁を吸わせてはくれない。生き残る術を知らなければすぐに飲み込まれてしまう。そのような世界に関わるのが嫌なら、資産を低金利で貯金すればいい。
しかし、そのような世界に生きるとしても、知識さえあれば、低リスクで貯金よりも利回りを得られる方法はある。だが、リターンとリスクは常に表裏一体なのである。証券分析の世界では、リターンが高いということはそれだけリスクが高いということをさす。リスクを取らずしてリターンはない。だが、例え、社債でも転換社債でも、金融ビックバンが起きた現在では預貯金であってもデフォルトリスク(倒産リスク)がある。
そのリスクを管理する術さえ学ぶ努力をしたくないと言う人がいるかもしれない。だから、プロの方に運用をまかせたがり、そのような商売が成り立っているのかもしれない。
しかし、現状を見てみると、証券マンに薦められて買った投資信託は半値、これは絶対安全だからと言われて買ったEB債、穴埋めにと新規公開株を薦められ(大当たりするIPO銘柄は大口にしかまわってこない)、それさえ公募割れし、もはや預貯金にしようと思っても、あまりに資産が減りすぎてそんな気になれなくなっている方が沢山いるのではないだろうか(取り返そうと血なまこになっている)。
また、FPの方からポートフォリオを推奨された時、例え、経済分析、証券分析、市場動向予測、テクニカル分析に精通していても、その中で一番重要な売りや引き際まで考えておられる方はどれほどいるだろうか。
後、雑誌などをみて参考にされる方なども多々いるかもしれないが、雑誌は基本的に買い推奨を基本としている。しかし、株式で一番大切なのは売りの時期を見極めることなのである。売り時を失えば例え評価益が出ていたとしても結局は資産を減らしてしまうことになる。また、雑誌などは紙媒体になるまでにある程度のタイムラグがあるために情報の優位性が失われてしまう。今では、インターネットでリアルタイムに情報を得られる環境下になったために前よりも一層、紙媒体の情報の優位性は失われてしまった。
私はトレーダーとして活躍していたが、今回投資顧問で働いてみないかと誘われ、このような個人投資家が血の涙を流すような状況下を憂い、喜んで投資顧問を買ってでた。私はテクニカル分析・市場のトレンドに従うやり方を主に得意とし、推奨して直ぐに急騰を当てるなど当たり屋として知るところでは知る人物だった(自分でいうのもなんですが)。また、二三度死んでしまいそうなほどの失敗を経験したこともある。相場では二、三度死ぬような目にあって初めて市場で勝てるようになると言われてるが、私もその一人である。だから、私は一般の方よりも市場でどう生き抜くかの術を心得ているつもりであり、この投資顧問会社の会員となった方にはそのような苦しみを味合わせることを望まない。
話が冗長になってしまったが、会員の皆様のことを第一に考え、「リスク管理を引き受け、リアルタイムでの有益な情報提供を以って」私がもたらしうる最大の利益をあげられるよう誠心誠意顧問を行っていくつもりである。私は将来、ヘッジファンドのような直接資金を預かり(合資会社のように投資家から出資してもらうやり方でも)資産を直接運用することを目標としており、私の将来を閉ざしてしまうようなはめ込み・不誠実・詐欺のような禁止事項は決して行わない。その点は当然のこととし、会員の皆様の絶大な信頼を置けるパートナーとなり、心を一にして投資活動を行っていくことを心に誓っている。